人工呼吸器を装着しているALS患者の
在宅療養を支援して
生協東出雲診療所 黒谷明嗣 他職員一同
つばさ訪問看護ステーション 河津美知子 他職員一同
1.はじめに
筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis [ALS])は運動神経の障害により、筋萎縮が進行する難病である。今回我々は、この重い障害を持つ永島修一さんに出会って、在宅療養を支援する機会を得た。
2.病状経過
以下[ ]内は永島さん自身の手記である。(*)は筆者注。
[私は昭和12年生まれの60代前半のお父さんです。息子二人を授かり、今は社会人になりました。(*略)家は家内と二人です。難病になり、「看護」の二文字が家内の肩に重くのしかかるのでした。
ここに来るまでに、いくつかの山を越えてきました。
平成10年1月頃より、言葉のろれつが回りにくくなりました。あちこちの病院にかかりました。病名がわからず、1ヶ月の入院、検査の結果がでたのは平成11年6月でした。ALS患者との知らせでした。病気の話を先生から聞いたときは目の前が暗くなりました。でも「病は気から」と思い、病気に負けるものかと気持ちを入れかえました。2週に1回の通院生活がはじまりました。今思うと第一の山でした。
第2の山が来ました。進行は早く、胃瘻の設置(*平成12年7月)、気管切開まで来てしまいました(*同年9月)。この機会を逃すと家に帰れなくなるといわれ、昨年(*平成12年)12月の初めに退院し、「在宅看護」が始まりました。病院の看護婦の仕事と家事全部が家内の肩に重くのしかかりました。誰が見ても一人での看護には限界があり無理と知りました。良き勧めがあり、デイケア(通所リハビリテーション)に行きました。良き人に出会い、楽しくなり、週3回出かけました。そのころ、先生の勧めであった意志伝達装置「伝の心」を手にしました。初めてで、打ち込むまでに四苦八苦しました。何とか打てるようになり、日記をつけ始めました。このデイケアで「伝の心」の助っ人に出会いました。特訓が始まりました。メール・インターネットまで出来るようになりました。まだ手足は動いていました。
その後、入院しました(*平成13年3月鳥大脳神経内科)。早く呼吸器に慣れるために夜着けました。苦しい思いをしました。寝付かれず、眠剤を飲み、肩に注射をし、それでも眠れず、先生、看護婦さんを夜中に度々呼びました。これが今思うと一番高い山だったと思います。肺の力がなくなり、集中治療室に入りました。先生、看護婦さんの治療や看護のお蔭様で一般病室に帰り、第3の山を乗り越えました。病気の進みは早く、手は動かず、呼吸が自力で出来なくなり、呼吸器を24時間着けることになりました。この間、家内は病院に連日泊まりました。
安定し、退院したのは今年(*平成13年)の6月です。(*平成13年4月松江生協病院転院し、在宅準備をして、6月12日より在宅療養となった。)足の動きが悪くなり、完全にベッド生活になりました。家内一人では看護できず、姉妹に連日交代でお世話になりました。往診や訪問看護を受ける身になり、残念です。でも良き先生、看護婦、周りの人に助けられ、今は二人で生活できるまでになりました。ありがとうございました。10月には体調も良く、車椅子に器械(人工呼吸器)を積み込み散歩することが出来ました。また、看護疲れ、ストレスを取るために医療制度(入院)を利用しました(*国立松江病院にバックアップして頂いている)。この制度のお陰でどれだけ助かったか計り知れません。今、5回目の利用中です。
気管切開で言葉と食を失いました。食は胃瘻から、言葉は筆記で伝えました。手が動かない現在(*親指がわずかに動く)、足をつかって「伝の心」を打ち、伝えることが出来ます。先生ありがとう。
毎日を大切に前向きにチャレンジ、生きる覚悟です。何か役立つように身をささげます。
平成13年12月
永島修一

3.在宅に向けて
人工呼吸器を装着した患者さんが在宅療養を行うには、様々な困難がある。それを乗り越えるには、第一に御本人の強い意志、そしてそれを支える家族の決意である。
厚生省の「在宅人工呼吸における療養マニュアル」(厚生省健康政策局平成12年)のなかで「在宅に移行するための条件」として次のように述べている。
(1) 患者・家族・介護者等の条件
@ 病状が安定していること
A 患者・家族が在宅療養を希望していること
B 家庭内でのマンパワーが確保できること
C 家族等が人工呼吸器による呼吸管理についてかかりつけ医の指示のもとで的確に実施できること
D 家族等が基礎疾患や人工呼吸器に関し、起こりうる事態に対応できるよう教育を受けていること
E 家族等が人工呼吸器や吸引器等の扱いに慣れていること
F 在宅療養のための部屋が整備されていること
(2) 地域援助者の条件
@ 患者の病状や人工呼吸管理について共通理解ができていること
A 患者の病状や家庭内でのマンパワーに見合ったサービスの提供が可能であること
B かかりつけ医、訪問看護婦、ホームヘルパー等、緊急時(医療的・社会的・医療機器)の体制が整備されていること
C 緊急時に入院する医療機関が確保されていること
また、「緊急時の処置・対応」として次のように述べている。
@ 患者の健康状態の変化(発熱、呼吸困難、便秘等)への対応
A 家族等の健康状態、又は家庭内でのマンパワーに変化が生じた時の対応 B医療機器が故障した時の対応 C災害・停電時の対応
これらの課題が解決されないと在宅療養は困難である。
4.永島さんを支える地域療養支援体制
我々は、訪問看護ステーション(つばさ)のケアマネージャーがコーデイネーターの役割も担い、関係者の連絡をとりながら支援体制を作っていった。具体的には、
1)家族・親戚・友人
2)診療所(生協東出雲診療所);往診・緊急対応
3)専門病院(国立松江病院);緊急入院・レスパイト入院
4)町役場保健福祉課
5)松江保健福祉センター
6)訪問リハビリ(PT)
7)機器供給会社
8)消防署
9)電力会社 などである。
永島さんの同居家族は妻だけであり、最初は不安もあり心配したが、つばさ訪問看護ステーションが中心となり連日の訪問看護を行ない、国立松江病院のバックアップで緊急入院・レスパイト(社会的)入院を利用しながら、上記の各関係者の連携で、無事1年を乗りきることが出来た。
大切なことは、いかにコミュニケーションを確保するかである。永島さんは最初足指を使い、今はわずかに動く右手親指でボタンを押して、パソコンの操作が出来る。そしてコミュニケーションをとり、日記をつけたり、メール交換をして生活範囲を拡大された。家族の支えもあり、在宅療養に自信も出来て、車イスでの散歩、福祉タクシーを利用してのお出かけも可能になり、さらに行動範囲が拡大された。
5.おわりに
我々は永島さんと出会うことにより、在宅療養の課題解決を一緒に勉強させて頂き、多くのことを学ばせてもらった。今後も多くの困難が予想される。永島さんの積極性と楽天性に励まされ、在宅生活をより豊かなものにするために、一緒に考えて行きたい。
永島修一様はホームページを開設しておられます。
ホームページ・アドレス
http://www7.ocn.ne.jp/~shs/
メール・アドレス
snagashi@ninus.ocn.ne.jp